
文化・観光・食開催地
波立つ海のうねり、その興奮を来年こそサーフィン競技開催地、千葉県一宮町 <「サーフォノミクス」シリーズ①>
なめらかな黒い砂浜に、石造りの鳥居が厳かにそびえ立っている。千葉県一宮町の釣ヶ崎海岸は、日本の初代天皇・神武天皇の母とされる神話上の神・玉依姫(たまよりひめ)が初めて地上に足を踏み入れた場所だと言い伝えられている。
鳥居は、地元で信仰を集める玉前神社のもので、来年7月には今の時代にふさわしい役割を担うことになる。サーフィン界の神々が釣ヶ崎に降臨し、のどかな一宮の町がサーフィン競技の五輪初開催地となるのだ。
2020年東京五輪の競技が開催される4日間、世界のトップ40人の男女サーファーたちが、66kmの海岸線が印象的な、太平洋沿岸の千葉・九十九里浜の最南端で波に乗り、五輪初となるサーフィン競技でメダルを競う。
五輪としては初開催だが、一宮はすでにサーフィンのメッカだ。1970年代から波乗りの魅力に取りつかれた人たちがこの地を訪れている。ただ、この町に超一級の波に魅せられて本格的な愛好家やプロが集まるようになったのは、それから数十年後のことだ。

2000年代に入ると、沿岸の国道30号にはサーフショップやしゃれたレストランが続々とオープンした。地元では「サーフストリート」と呼ばれ、さらに町は「サーフタウン一宮町」のブランドPRを進め、サーファーの移住推進策にも取り組んだ、と町職員の高橋克佳さんは言う。
2015年に五輪競技の開催地が発表されて以来、釣ヶ崎にはいっそう関心が寄せられた。サーフィン初心者や、サーファーでなくとも地元の盛り上がりに興味のある日帰り旅行者からも人気を集めたのだ。

なお、一宮は新型コロナ禍に対して日本国内では最も早期に対策をとった自治体の一つで、道路の一部や駐車場を閉鎖することによって4月~6月初旬の約2か月間もの間、海岸を事実上閉鎖した。その後、町が切に必要としていた収入源も、サーフィンの聖地としての人気でもたらされている。
一宮には年間で推定60万人ものサーファーが訪れている。五輪を機に町の知名度がいっそう高まることから、町はその効果を生かそうと模索を続けてきた。
2015年、町は包括的な戦略を策定した。サーファー来場者数を70万人に増やすことや、町の魅力をアピールしてサーファーの移住者を増やす積極的なプロモーション計画が盛り込まれた。実際、移住者の数は近年増加している。(※次回記事で詳報)
また、2018年に町はサーファーがもたらす経済効果に関する「サーフォノミクス」調査を実施し、町の歳入が年間約32億円増えると試算した。
さらに町は、サーフォノミクスの考え方に地元企業を巻き込み、町の中心部と数キロ先の海岸をいっそう効果的に結びつける新たなインフラ整備の手法を考えた。その一環が、シャトルバスの運行や、サーフボードラック付き自転車を貸し出す観光案内所を駅前に設置する取り組みだ。
一方、日本のオンラインメディア「サーフニュース」が行った別の調査では、東京五輪の開催が町の経済に直接与える効果は、16か所の宿泊施設を含めての試算で7億2千万円~10億円であるとの予測をはじき出している。
東京都オリンピック・パラリンピック準備局が試算した32兆円のごく一部ではあるが、人口約12,000人の町が数日の取り組みで得る見返りとしては悪くない数字だ。

町の担当者によると、五輪後は地価の上昇やサーファー数の増加が予想され、その波及効果は相当なものなりうるという。なお、これはサーフニュースの分析には含まれていないプラスの効果だ。五輪は大会期間中に町を訪れる人の数を増やすだけでなく、長期的に一宮のブランドイメージを高めることになると町企画課長の渡邊高明さんは言う。
「その意味では、(五輪の)効果はすでにある程度達成されています」と渡邊さんは言う。コロナウイルスの感染拡大による五輪延期が地元住民に与えた最大のダメージは経済的なものではなく、心理的なものであったとも話した。「残念なことではありましたが、来年の開催でも同じような効果があればと期待しています」