福島・湯けむりの街から再エネ戦略土湯温泉で足湯を楽しむ福島市内の小学校の子どもたち ©ROB GILHOOLY PHOTO

地場産業開催地

福島・湯けむりの街から再エネ戦略五輪契機、地熱活用で復興再生へ

(公財)フォーリン・プレスセンター What's Up Japan編集部

深い森が続く吾妻連峰に包まれた渓谷に、土湯温泉(福島市)はある。そこに足を踏み入れると、思いがけない光景が待ち受けていた。

むき出しの山道は海抜約700メートルに位置するが、そのわきにビニールハウスが2棟建っている。ユニークなのはその中身だ。野菜用かと思いきや、そうした園芸作物が栽培されている様子は、2棟のどちらにもない。

福島県・土湯温泉の中心部。2011年3月に発生した原発事故により深刻な影響を受け、人口が減少し、地元の小学校も廃校になったが、エネルギーの自給自足による活性化が進められている。©ROB GILHOOLY PHOTO

なんと目の前に広がったのはタンクの列だ。それぞれ水で満たされ、何百匹ものエビが水中で泳ぎ回っている。

世界有数の大きさを誇り、その味が世界的に高く評価されている淡水エビだ。この養殖プロジェクトを2018年後半から手がけるのは、土湯に誕生したベンチャー企業だ。

注目すべきは、冬は氷点下の気温が珍しくないこの地にあって、本来なら熱帯寄りの地帯に生息するはずのオニテナガエビが養殖されている点だ。

それを可能にしているのは、ふんだんに溢れ出る土湯の温泉の活用だ。福島は原発事故によって環境汚染のレッテルが張られてしまったが、温泉はそんなこの土地が必要とするエネルギー源としても活用されている。

土湯温泉の地熱発電所から排出される温水を活用したエビの養殖 ©ROB GILHOOLY PHOTO

養殖を発案して事業化した「元気アップつちゆ」(加藤勝一社長)が、福島市中心部から16キロ南にある土湯で発足したのは2012年後半。2011年3月の東京電力福島第一原発事故で大きな被害を受けた温泉街に活気を取り戻すことを使命としている。なお、この事故で、原発周辺地域からは15万人以上の住民が避難した。

土湯温泉も、原発から約100キロも離れているのに、事故で観光客が激減した。加藤社長によると、2010年に26万だったのが、2011年には11万人に落ち込んだ。

さらに、温泉街の16軒の温泉宿のうち5軒が廃業した。そう話す加藤社長は、土湯温泉町復興再生協議会の会長でもある。減ったのは観光客だけではない。世帯数も20113月に235だったのが、今は約165だ。

「土湯温泉ほど原発事故と風評被害によるダメージを被った温泉地はありません」と加藤社長は話す。「多くの福島県民同様、私は発想を180度変えました。特にエネルギーに関してです。」

元気アップつちゆは、エネルギーの地元での自給率を高めてきた。それが2020年の東京五輪を念頭に推し進めるエビ養殖プロジェクトなどの活性化策につながった。

同社は2015年、7億円をかけた地熱発電所をお披露目した。年間約300kWhの発電能力があり、約900世帯に電力を供給できる計算だと加藤社長は話す。

発電された電力は、地元の東北電力に販売され、年間12億円の収入になるという。加藤社長は「利益はさらなる活性化プロジェクトに活用され、地域に還元されます。私たちほどの成功を収めた地熱プロジェクトは日本には他にありません」と胸を張る。

土湯温泉で地熱発電を手掛ける「元気アップつちゆ」の加藤勝一社長 ©ROB GILHOOLY PHOTO

日本の地熱埋蔵量は約2,347kW。米国(3,000kW)とインドネシア(2,779kW)に次いで世界で3番目だ。

しかし、現在の地熱発電設備容量は542,000 kWで、全体の2%未満に過ぎない。世界のランキングでも10位にとどまっている。

The Top 10 Geothermal Countries 2018 – based on installed generation capacity (MWe)

地熱利用が進まない主な理由は、日本の地熱ホットスポットの多くが、開発に制限がかかる国立公園内にある点だと、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)地熱部の高橋由多加氏は話す。同機構は土湯のプロジェクトを支援している。

さらに、温泉地近くの地熱利用の場合、地元から反対の声が上がることが多い。温泉地に供給される水の質や量に地熱発電所が悪影響を与えることが懸念されているからだと高橋氏は話す。

高橋氏によれば、悪影響という議論に「科学的根拠は見つかっていない」という。しかも、日本政府は2030年までに現在の地熱発電設備容量を3倍にする計画を立てている。

「元気アップつちゆ」の加藤社長によると、土湯が磐梯朝日国立公園内に位置し、建物の建設が許されない福島市の市街化調整区域にあることにより、地熱発電計画は壁にぶつかったという。

しかし、発電施設を屋内に作らない工夫によってその規制をクリアし、さらに、使用されていなかった既存の温泉井を活用することで、地元の温泉観光業者からの反対も回避することができた。「実のところ、地元の皆さんは温泉熱を利用して発電をするというアイデアを歓迎してくれました」と加藤さんは語る。

「元気アップつちゆ」が運営する地熱発電施設。年間900世帯分の電力を供給できる。©ROB GILHOOLY PHOTO

土湯では「バイナリ」と呼ばれる地熱発電のシステムが採用されている。約130度という低温の地熱資源を活用でき、この点で今後の希望につながり、地熱利用推進の青写真になりうるものだ。最低200度の高温が必要な「フラッシュ」など他の方式とは対照的だ。

さらに、エビ養殖には発電所の排水を利用しており、高橋氏によれば、環境と地域産業の双方にメリットがある「ウィンウィン」と評価できる成功例だという。

実際、地熱発電所とエビ養殖は、地元の観光産業の活性化につながった。年間何百人もの人たちが土湯温泉のこの取り組みの視察にやって来ており、そこにはエネルギー企業の幹部たちの姿もある。2018年には土湯への訪問者数が27万人に達し、震災前の2010年より1万人増えた。

「太陽光や風力など他の再生可能エネルギーと違って、地熱はより安定したエネルギー源です。日本がもっと利用しない手はないと思います」と福島大学の学生、氏田悠さんは語った。「2011年以降、地元ではエネルギーにまつわるネガティブな話ばかりが目立ってきので、こうした取り組みは新鮮に感じます。」

地元の取り組みはさらに続く。 5年計画で、2025年までに年間の訪問者数を50万人に増やすことを目指している。エビ釣りを楽しんだり、エビラーメンといったご当地メニューを試食できる新しい施設は、2020年の五輪に間に合うようにオープンする予定だ。五輪のソフトボールと野球の試合が福島で開催されるからだ。

「土湯を活性化し、この町をイノベーションの拠点として、そして持続可能な開発目標(SDGs)に貢献する担い手として、世界地図上に位置づけたいのです」と加藤社長は意気込む。

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