
地場産業開催地
北海道発の雪テクノロジー、五輪にひんやりと彩り
この夏、日本の最北端に位置する北海道では、季節外れの光景が住民や訪れる人たちの目を引いた。
道庁のある札幌市で8月の気温が34度を超える中、春のシンボルであるはずの桜の花が、アーケード商店街をはじめとする市内各地を鮮やかに彩った。近くの新千歳空港でも、同様の光景が見られた。
数日後、札幌市から北東60キロにある美唄市では、数百トンもの雪が学校や保育園の運動場を覆って銀世界が広がり、子どもたちは暑さをしのいだ。
どちらの光景も、異常な気象パターンを引き起こす「気候変動」の仕業というわけではない。2020年の東京五輪・パラリンピックに涼しさと彩りを添えようとする北海道独自のプロジェクの成果だ。同時に、地域で厄介扱いされている「雪」について、利点を見つけようという狙いもある。地球規模の視点でこそ発揮できる波及効果があるかもしれないからだ。

北海道は、何十種類にも及ぶ桜の名所として知られ、地元固有の桜も多い。毎年、お花見の時期になると、全国から観光客が集まってくる。
また、降雪量が多いことでも知られ、長く続く冬の間、10メートル以上の積雪を記録する地域もある。それゆえ、北海道ではウィンタースポーツを存分に満喫できる一方、雪の影響で鉄道の運行や道路の交通に混乱が生じる。集落が孤立したり、財産に被害を被ったりすることは言うまでもない。
札幌は特に影響を受けており、人口100万人以上の世界の都市の中で、最も積雪量が多いことで知られている。毎年約125日にわたって積雪があるのだ。
このことで出費がかさむ。札幌市は2019年、雪関連の対策費として約215億円(2億440万ドル)をつぎ込んだ。10年前(131億円)に比べ、64%増えている。
北海道の雪を別の形で生かす方法を見つける取り組みが、国際的知名度を獲得することになった「さっぽろ雪まつり」など、画期的な発案につながった。
また、地元の経済界や研究者たちも活用に乗り出している。
最近の事例としては、雪を空調の代替エネルギー手段として利用するプロジェクトがある。データストレージセンターをはじめ、老人ホーム、美唄市に立地するマンションなどで導入されている。このマンションはそうした技術を導入したものとしては世界初だ。
また、同様のシステムによる冷房は、札幌市のモエレ沼公園でとりわけ目を引くガラスのピラミッド「HIDAMARI(ひだまり)」や、熱に敏感なレッサーパンダが飼育されている市の円山動物園の一角でも使われている。
一方、北海道の雪冷式貯蔵庫を使って、野菜などの農産物が保存されている。熟成を遅らせ、味に深みを持たせる効果を狙っている。
さらに、南東部の音更町の果樹園では、夏に雪を利用して地温を下げ、マンゴーの木の成長をコントロールして冬に実がなるようにしている。「白銀の太陽」と呼ばれるマンゴーは、正月に高値で売れる。正月は贈答品がやり取りされる時期だが、旬の時期からはずれて価格競争もないためだ。
桜プロジェクトもそうした取り組みの一環だ。年明け早々から北海道各地から集めた桜の木の枝は、広大な除雪場で雪の下に保管されている。そう話す越智文雄さんは、「北海道雪氷桜プロジェクト」を進める官民でつくる実行委員会を率いている。
越智さんは、こうしたアイデアによって、北海道の全く新しいビジネス文化に道が開かれる可能性があると考えている。とりわけ、環境に優しいという点がその理由だ。
北海道では毎年、桜の木が剪定され、何十万本もの枝が捨てられていると、越智さんは語る。北海道に本社がある「あかりみらい」の代表取締役社長でもある越智さんは、省エネ照明を取引先に紹介することなど、持続可能な開発目標(SDGs)達成のための戦略に専門に取り組んでいる。
「この取り組みは、自然や環境を破壊するのとは無縁です。逆に、捨てられかねない自然を守ることなんです。雪を利用することで、簡単にタイムシフトが可能になり、北海道の自然から新しい文化が生まれます。だれにでもできて、皆に利点のあるアイデアなのです」
2020年3月、北海道雪氷桜プロジェクト実行委員会のメンバーが34市町村から約3,200本の桜の枝を集め、約210トンの雪と一緒に保存した。

越智さんによれば、東京五輪・パラリンピックに合わせて桜の枝を取り出す予定だった。子どもたちなど一般の人たちに配り、マラソンと競歩のコースで選手たちに向けて桜の枝を振って応援してもらうという計画だったのだ。普通なら夏には見られないシンボルとして「日本人のおもてなしの心を示す」構想だったという。
このアイデアはすでに2018年に東京で開催された競技で試行的に行われ、成功をおさめていた。もともとは東京がマラソンと競歩の会場で、夏の東京の猛暑への懸念から気候が涼しい札幌に変更される前のことだった。
しかし、新型コロナウイルス感染症の大流行で五輪・パラリンピックの開催が2021年に延期されたため、北海道雪氷桜プロジェクト実行委員会では、保管していた桜を地元で楽しむために使用することにしたと、越智さんは話す。桜の花が雪解けの影響を受ける可能性を懸念したからだという。
桜の木は改めて、次の冬に集めることになった。2021年の五輪・パラリンピック開催に向けてすでに、179の自治体が数十種類の桜の提供を約束してくれている。
「これは五輪の精神に沿ったものです」と話す越智さんによると、約3万本の桜の枝が札幌の競技が開催される際に配布されるという。「北海道だからこそ生まれたプロジェクトで、(五輪・パラリンピック)競技がこの地で開催されることで、いっそう特別な意味を持つのです」
