五輪メダリストに贈る花 被災地・福島で咲き誇る提供:Tokyo 2020

課題への取り組み開催地

五輪メダリストに贈る花 被災地・福島で咲き誇るビクトリーブーケに込める「復興」への願い

(公財)フォーリン・プレスセンター What's Up Japan編集部

青々と繁った森が、福島県北東部の阿武隈山系を覆い包むように広がる。ふもとに並ぶ温室は、野菜や果物の栽培用かと思いきや、違った。一般的にはアメリカ大陸のイメージが強いある花が、列をなして咲き誇っていたのだ。

福島県内には、気温が心地良い初夏の頃、白やピンクのトルコギキョウ(別名ユーストマ)が収穫される産地が複数ある。川俣町の山木屋地区もその一つ。出荷先は国内の切り花市場だ。

トルコギキョウは栽培に手がかかるのが難点として知られるが、その小さな種子がこうした産地に導入されたのは明治時代(18681912)だ。日本花き振興協会の磯村信夫会長によれば、福島の生産者が選抜育種で新しい品種を生み出し、その栽培が海外にまで広がったという。

「福島の生産者の手で、見事に美しいトルコギキョウが世に送り出されたのです」と磯村会長は語る。

山木屋地区では、阿武隈カットフラワーグループが1989年に取り組みを始め、それから20年のうちに、年間約10万本のトルコギキョウを出荷するに至っていた。

2011年の東日本大震災の際は生産停止に追い込まれた。大規模な津波が福島県や隣県の沿岸部を襲い、山木屋地区から東へ50キロに位置する福島第一原発で複数のメルトダウン(全炉心溶融)が発生したからだ。

山木屋地区の217戸の農家を対象とした2013年の調査で、栽培再開を希望する回答は3割に満たなかった。実際に再開したのは、阿武隈カットフラワーグループに参加する8農家だけだった。こうした経緯が、グループのウェブサイトで紹介されている。

確かに、放射能汚染と風評被害で、福島県は各地の農業生産が打撃を受けた。2011年以降、数え切れないほどの農家が離農し、なかには自ら命を絶った人もいる。

農林水産省の報告書によると、福島県内の農家数は2010年には102000戸弱だったが、2018年までに43%減の58400戸に落ち込んだ。

福島県の農業生産高も大打撃を受けた。原発事故による汚染地域で生産が禁止されたことで、2010年から2018年にかけて79%減少した。

また、被災地となった他の県では2011年以降、園芸作物の生産高は順調な伸びが見受けられたが、福島県からの出荷量は9%減で、全国平均の12%増よりも21ポイント低い。

ただ、福島県内の生鮮品の生産者の中で、花き農家は他の農家と比べ、それほど深刻な影響を受けなかった。原発から放出される放射性核種の一つであるセシウムについて、花はほとんど吸収しないとすぐに判明したのが大きかったというのが、日本花き振興協会の磯村会長の見立てだ。

温室内で有機栽培された福島産のトルコギキョウについて、磯村会長は「安全に扱える」と太鼓判を押す。こうした点のおかげで、珍しい緑色のトルコギキョウが、2020年東京五輪(新型コロナウイルスの感染拡大で2021年に延期)のメダリストに贈られる「ビクトリーブーケ」を飾る花に選ばれた。

<提供:Tokyo 2020> トルコギキョウ(福島県産)、ヒマワリ(宮城県産)、リンドウ(岩手県産)、ナルコラン(福島県産)などで構成される予定のオリンピック用のビクトリーブーケ

ビクトリーブーケには宮城県と岩手県の生産者からも花の提供がある。東京オリンピック・パラリンピックは「復興五輪」と位置づけられており、2011年に被災した地域の復興支援を目指してのことだ。2011年の東日本大震災で両県は大きな被害に見舞われ、震災全体の死者18千人のうち、多くが両県での犠牲者だった。

宮城県の生産者は、ブーケットに入れるヒマワリと赤いバラの栽培を担当し、岩手県の生産者はリンドウの生産を担う。このリンドウは、福島産の緑色のトルコギキョウと同様、選抜育種でできた日本独自の品種だ、と磯村会長は話す。

福島県の生産者はナルコランの葉も提供する。花キューピット株式会社と公益社団法人日本フラワーデザイナー協会が手がける花の組み合わせに、緑の趣きを加えるためだ。

2020年東京五輪組織委員会の布村幸彦・副事務総長によると、こうしたビクトリーブーケは、メダル授与式に彩りを添えるだけでなく、「被災地での復興の進捗状況を象徴するものになります」。

<提供:Tokyo 2020> トルコギキョウ(福島県産)、バラ(宮城県産)、リンドウ(岩手県産)などで構成される予定のパラリンピック用ビクトリーブーケ

福島県園芸課の担当者も同感だ。こうしたブーケを通して、外国から訪れる人たちに、日本各地で栽培される多種多様な花々への理解を深めてもらいたい、と話した。

 「ビクトリーブーケに福島産の花が入っているのはとても嬉しいです」とこの担当者は言う。「福島県は花の産地が多く、大会期間中に県内で開催される野球やソフトボールの観戦に来られるみなさまには、その足で産地を訪れていただき、福島の豊かな園芸の歴史を知っていただきたいです」

日本花き振興協会の磯村会長は五輪について、日本独特の花に対する感性を海外から訪れる人たちに直に知ってもらう機会にもなると考えている。こうした感性は、18世紀に花開いた「華道」に典型的に表れていて、磯村会長は「詩の世界に似ています」と言う。

 「花に込められた思いは、言葉よりもはるかに深いメッセージです」。そう話す磯村会長によると、日本で咲く花にはそれぞれ、口出して言わずとも連想してもらえる意味があり、生け花などの伝統文化では「花言葉」と言われる。「日本の華道では、生けた花が置かれた空間やその周囲との調和をはかります。華道に携わる者が、細心の注意を払う点です。そうした美意識が私たちの文化に脈々と受け継がれているのです」

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