サーファー移住者が示す雇用創出の道――若者が住み続けたいと思える町に

課題への取り組み開催地

サーファー移住者が示す雇用創出の道――若者が住み続けたいと思える町にサーフィン競技開催地、千葉県一宮町 <「サーフォノミクス」シリーズ③>

(公財)フォーリン・プレスセンター What's Up Japan編集部

初冬の平日だというのに、千葉県一宮町にあるペンション「サードプレイス」のスタッフは慌ただしい。オフシーズンだからといって、くつろぐ余裕などない。

オーナーの橋本敏宗さん(42)とスタッフの入江啓太さん(36)は、2人の客のチェックインに対応した後、次はシャワーや更衣室、サーフボードロッカーを利用した地元のサーファーたちを見送った。こうした一連の設備が充実したこの宿泊施設、サードプレイスは、一宮町の中心的なサーフィンビーチから歩いてすぐの場所にある。

5年目を迎えたサードプレイスは、じわじわとファンを増やしてきた。中でもサーファーに人気で、今年の宿泊客の約8割もサーファーが占めていた。橋本さんは「不思議なほど忙しい年でした。予想外です」と話す。

ペンション「サードプレイス」のエントランス(千葉県一宮町)©ROBERT GILHOOLY PHOTO
ペンション「サードプレイス」の橋本敏宗さん(左)と入江啓太さん(右)©ROBERT GILHOOLY PHOTO

4月と5月に客足が途絶えたことを思えば、不思議なのはなおさらだ。あの時は新型コロナウイルス感染症対策が徹底され、町がサーファー客らの受け入れを一時停止したのだ。

そして追い打ちをかけたのが、2020年東京五輪の延期だった。一宮町が夏季五輪で初開催となるサーフィンの競技会場になっていただけでなく、米国のサーフィン代表チームと随行スタッフの団体予約がサードプレイスに入っていたからだ。

「一生懸命準備を進めていたので、(延期は)残念でした」。そう話す橋本さんは、シャッターを引き上げている。その先にあるスペースは特大のガレージのように見えるが、実はトレーニング施設を兼ねた娯楽室だ。橋本さんが米国チームのために特注でつくったのだ。

「(五輪の時期は)通常なら数ヶ月前には予約でいっぱいになるので、開いた穴を埋め合わせられるか心配でした。実際には6月から9月にかけては前年よりも予約が多く、お客様であふれていました。新たにスタッフを雇い入れたほどです」

サードプレイスが運営するサーフィンスクールも大忙しだった、とインストラクターを務める入江さんはいう。東京出身の入江さんは、以前は東京のスポーツ用品店「オッシュマンズ」でサーフィン用具の販売員をしていた。橋本さんが五輪に向けて、2019年半ばに雇ったスタッフだ。

五輪フィーバーがあったかと思うと、今度はコロナウイルスの世界的な流行があり、それがレッスンの受講希望の急増につながった。そう話す入江さんは、サードプレイスの表にある素朴だがシックなデッキエリアに立っている。後ろのフェンスにはウェットスーツが並んで乾かされている。

入江さんによると、冬は通常、「筋金入り」のサーファーだけで占められる時期だが、それ以外の経験は浅いが熱心な人たちも今年は引き続き一宮でサーフィンを楽しんでいるのだという。

入江さんは、サードプレイスで働くフルタイムとパートの計6人のスタッフのうちの1人だ。スタッフ数は当初の3倍に増えた。そう語るオーナーの橋本さんは20代の頃、ライフスタイルを変えようと東京から移住してきた。

日本の地方の多くが、若者が東京などの都市部に流出してしまうという共通の課題を抱えている。ところが一宮町では新たに入ってくる移住者の数が増えており、しかも橋本さんのように若い家族を伴ったサーフィン愛好家が大半を占めている。このことが、この町では人口減少問題の解決の一助になっているのだ。このサードプレイスは、まさにその象徴の一つだ。

「サードプレイス」が東京五輪に向けてつくったグッズのひとつである特製ビーチタオル ©ROBERT GILHOOLY PHOTO

一方、町が最近行った調査によると、2019年7月から2020年3月までの間に174人の住民が一宮を離れている。うち半数近く(48.3%)が10~20代で、25%が30代だった。

町を離れる主な理由として、「雇用に関する問題」(59.2%)が挙げられ、一宮をより住み続けたい町にするには、雇用機会を「充実させる」ことが鍵となると答えた人は51.9%に上った。さらに46%が、町中心部の活性化を求めていた。

確かに一宮の沿岸部では、ある移住者が言うように「本格的な建設バブル」が進行しているようだ。特に国道30号沿いは「サーフストリート」の呼び名で知られ、活気にあふれている。対照的なのが2キロほど内陸にある駅周辺の商業エリアで、目に見えてさびれてしまっている。

一宮町役場職員の渡邊高明さんは、そのギャップを埋める手は打ってきたと話す。年間60万人とも言われるサーファーが一宮町にやってきており、その利益を町全体に拡大させる取り組みだ。

その取り組みのひとつに、地元の起業家や町を訪れるサーファーたちに、手頃な価格で商用スペースを提供する官民プロジェクトの施設がある。2017年オープンの「SUZUMINE(すずみね)」だ。

町の中心部にある2軒の建物内にあり、それぞれリノベーションが施される前は民家と時計店だった。上層階は小ぶりなオフィスとテレワークスペースに分かれ、下層階は店舗用だ。

一宮町の中心部にある、商用スペースを提供する官民プロジェクト施設「SUZUMINE」 ©ROBERT GILHOOLY PHOTO

1階の店舗に入居する「一宮トラベルサービス合同会社」を経営する宇佐美信幸さん(38)は、2017年に埼玉県から一宮町にUターンしてきた。埼玉の学校に進学して、そのまま埼玉で旅行業界で働き、そこで15年過ごした後のことだった。

「ある時、実家に戻ってふと気づいたんです。多くの店のシャッターが軒並み閉まっていて、全体に活気がない。私が生まれ、両親や祖父母が海産物店を営んでいたこの通りは特にひどかったです」と宇佐美さん。「だから、この通りに活気を取り戻したいと感じました。それには観光で人を呼び込むのが一番だと思ったんです」。自身の店では、サイクリングやウォーキングツアーを提供し、地元の様々なアートや工芸品のPRにも一役買っている。

宇佐美さんの会社が提供するサイクリングツアーは、特に外国人観光客の人気を集めた。町の歴史を感じさせるスポットや森林を巡り、海岸沿いを行けば抜群の景色が見られる。ブルーベリー農園やナシの果樹園などがある農業ゾーンも魅力だ。

一宮町の中心部 ©ROBERT GILHOOLY PHOTO
SUZUMINE内で「一宮トラベルサービス合同会社」を経営する宇佐美信幸さん。ショップの中には地元産のクラフト類が並ぶ。©ROBERT GILHOOLY PHOTO

「ここは小さな町ですが、豊かな自然や歴史に恵まれています。できるだけ多くの人に見て、楽しんでいただきたいです」と宇佐美さん。もともとは、観光促進のための「デスティネーション・マーケティング」の官民組織、いわゆるDMOを立ち上げたいと考えていたが、時機を得た支援を得ることができなかった。

コロナウイルスの感染拡大が日本でも深刻になり、訪れる人の数は激減した。宇佐美さんは、会社を閉めようかと真剣に考えざるを得ないような状況に直面している。もし宇佐美さんが撤退ることになれば、SUZUMINEには2事業者しか残らなくなってしまう。

一宮を訪れるサーファーの力を借りて町の活性化を図るのが「サーフォノミクス」だが、町役場の渡邊さんはSUZUMINEがその鍵を握る重要な役割を持っていると考えている。「SUZUMINEは、サーフィンなどで訪れる人たちを、沿岸部から呼び込むことができる場所なのです」と話し、雇用機会の創出につながる可能性もあると見ている。

住民の中には、毎年訪れる大勢のサーファーや移住を決めた人たちに依存しすぎ、町はそれで満足してしまっていると見る向きもある。町のデータによると、移住してくる新住民の数は、町を離れる人の数をわずかに上回る状態が続いている。

佐々木真さん(42)は、埼玉県出身の熱心なサーフィン愛好家だ。2007年に家族で一宮に移住し、海岸近くで不動産業を開業した。佐々木さんによると、近隣の長生村や睦沢町など地域の他の自治体は、官民一体で新産業を立ち上げようと積極的に動いているという。

「長生村と睦沢町の最大の共通点ですか? それはサーフィンの町ではないということですね」と佐々木さん。佐々木さんは、サードプレイスのオーナーの橋本さんと同様、自身の会社で地元の住民をスタッフとして雇っている。「サーファーが来ない他の自治体の役場は必死にならざるをえません。一宮町の場合は、もし何もしなくても、サーファーたちはやって来てくれます」

橋本さんも同感だ。一宮町には大きなビジネスチャンスが潜んでおり、官民でまだまだ開拓の余地がある、そしてそれによって若者の流出を食い止められると考えている。

また、橋本さんは、町の将来の鍵を握るのは、いったん町を出た若者たちだと考えている。「一宮に最も必要なのは、新しく、斬新なアイデアです。都会に行けばふんだんに見つけることができますが、問題はそういった新たなアイデアを手にした若者に、いかに町に戻って来てもらうかです」と橋本さんは語る。「私自身、子どもたちと一緒に過ごすことで、サーフィンがいっそう好きになりましたし、この町でのライフスタイルもさらに満喫しています。もしかしたら、これ自体が答えなのかもしれないですね」

一宮町、田んぼのある風景 ©ROBERT GILHOOLY PHOTO

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