
課題への取り組み開催地
【前編】伊豆市が目指す「だれもが参加できる多様な社会」―東京オリパラ・自転車競技が後押しに静岡県伊豆市
伊豆ベロドロームの外観は、宇宙的な雰囲気を漂わせている。静岡県・伊豆市郊外の緑生い茂る森の中にあり、背後には日本のシンボルである富士山が悠然とそびえる。そこに現れる銀色に輝くドーム型スタジアムは、SF映画の宇宙船さながら。今にも成層圏に向けて飛翔していきそうな風情だ。
外観だけではない。スタジアムのあちこちに目をやると、先進的な工夫が施されているのに気づく。2020年東京五輪・パラリンピックは新型コロナウイルス感染症の世界的流行で1年延期になったが、自転車競技のトラックレース会場となるのが、この伊豆ベロドロームなのだ。
車いす使用者向けに特別に設計されたエレベーターやスロープなどは、スタジアムを全ての人にとって利用しやすい場所にするための積極的な施策によるものだ。ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包摂性)の実現を目指して伊豆市が取り組みを続けてきた成果でもある。
伊豆市は観光地としての知名度を誇り、1000年以上も前から訪れる人を温泉で癒してきた。市の担当者によると、この風土を土台として、市はだれもが使いやすいように設計する「ユニバーサルデザイン」を戦略として位置づけてきた。五輪・パラリンピックの開催地になったことで、それにいっそう弾みがついたという。

「伊豆市の未来のためには、ユニバーサルデザインやアクセシビリティ(利用しやすさ)を考慮していく必要があると考えています。五輪とパラリンピックは、その実現に向けた大切な足がかりとして絶好の機会になります」と伊豆市東京オリンピック・パラリンピック推進課の渡邊麻友さんは話す。
「伊豆市は、障害を持つ方々、外国の方々をはじめ、訪れるみなさんにとって、よりアクセシビリティの高い場所になるために打つべき手を検討してきました。五輪とパラリンピックの会場になったことで、そうした取り組みがより大きく前進しました。」
全国的にも、交通機関や宿泊施設のアクセシビリティを向上させる取り組みが推進されてきた。この流れを象徴するものとして、国内で初めて、大規模なホテルや旅館に客室総数の1%以上を車いす使用者用とすることを義務づけた法律(改正バリアフリー法)が2019年に施行されたことが挙げられる。
伊豆ベロドロームでも、公式に定められた大会要件に沿ってハード面で必要な施設改修が行われた。主に、車いす使用者用の席を含めた座席数を拡大する工事だ。一方、渡邊さんによると、財政的な制約もあり、伊豆市はインクルーシブ社会の実現にハコモノとは異なる施策も進めてきた。「ホスピタリティ」(おもてなし)に重点を置いた、ソフト面での取り組みだ。
そうした取り組みの一つが、伊豆ろうあ協会による高校生対象の手話講座だ。協会の森島啓子さん(71)は、手話を学ぶことで、聴覚障害者が直面する問題に学生がより関心を持つようになるのが狙いだとする。

協会は15年以上前から、一般の人たちを対象にこうした講座を開催してきた。小学校でも定期的に講演を行っている。
森島さんによると、最近では東京五輪・パラリンピックを念頭に、基本的な挨拶や、差し迫った状況下で使える「病院」「医師」などの手話を学生に指導をしているという。
「学生をはじめとする地域住民のみなさんが聴覚障害者を支援できるようになって、障害者が歓迎されていると感じられる環境ができればと思います」と森島さんは話す。
