【後編】伊豆市が目指す「だれもが参加できる多様な社会」―東京オリパラ・自転車競技が後押しに写真提供:伊豆市

課題への取り組み開催地

【後編】伊豆市が目指す「だれもが参加できる多様な社会」―東京オリパラ・自転車競技が後押しに―自転車競技の開催地となる伊豆半島、自転車愛好家のメッカを目指すー

(公財)フォーリン・プレスセンター What's Up Japan編集部

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伊豆市は2019年、手話を公式に言語として位置づける条例を制定した。その1年前に同様の条例を施行した静岡県に続くもので、日本の自治体の取り組みとしては先駆けの部類に入る。

もっとも、これで万事解決かというと、森島さんの見方は違う。全体的には障害を持つ人たちに対する認識は高まっているものの、例えば掲示板など、聴覚障害者を支援する基本的なツールの整備がまだ行き届いていないからだ。

対策の不備は珍しいことではなく、条例制定ですぐに改善するとは限らないと、静岡県聴覚障害者協会の理事を務める小倉健太郎さん(37)は指摘する。

小倉さんは最近電車に乗った際に、こんな体験をしたという。外国人の観光客は英語を話す駅員の案内を受けることができたのに、小倉さん自身は手話で意思疎通できる相手が見つからなかったというのだ。

「手話も言葉の一つですから、自分が必要とすることを伝えたいと思ったのです。東京までの切符を買いたかったのですが、かないませんでした。」そう話す小倉さんによると、駅員は外国人への手助けには熱心だったのに、小倉さんにはまともに応じてくれなかったという。「日本語の読み書きはできますが、それでやり取りするのは大変です。手話でもっと自由に意思疎通をしたいというのは、同じ立場にある者の共通した願いです。」

書店では、手話に関する書物は他の言語の学習書とは別扱いで、遠く離れた「福祉」コーナーの棚に並んでいる。

それでも、子供時代とは大違いだというのが、71歳の森島さんの感慨だ。かつて国内各地の聾学校では、手話の使用が禁止され、唇の動きを読み取る訓練が優先されていたという。

「(授業中に)口頭の発言内容が分からず、勉強に支障が出ていました。かつてはそんな大変な思いをしたものです」。そう話す森島さんは、実は授業以外では、こっそり仲間と手話で意思疎通をしていたと振り返る。「障害を持つ人たちを取り巻く状況は少しずつ変わってきていて、聴覚障害者も誇りを持って手話を使うようになっています。」

中でも変化が顕著に表れているのは、行政の責任者が行う会見の席で、決まって手話通訳がつくようになったことだ、と小倉さんは話す。国内の聴覚障害者37万人のうち推定で2割が手話で意思疎通していて、コロナウイルスの感染拡大に際しては、この手話通訳が計り知れない助けになっているという。

伊豆市はさらに、「インクルージョン」や「ダイバーシティ」を中心テーマに据えたワークショップなどを何度も催し、市民の認識を高めるべく力を入れている。

例えば、日本財団パラリンピックサポートセンターが講師として派遣した、永尾由美さん(元パラリンピック選手)によるワークショップは、障害を持つ人たちの視点から学び、参加者に考えを深めてもらうことを目的に開催された。

元パラリンピック選手の尾由美さんによるワークショップ(写真提供:伊豆市)

また、だれもが観光を楽しめるようにするための「ユニバーサルツーリズム」をテーマにした実態調査も行われた。障害を持つ人が伊豆市内を訪れた場合を想定し、利用を妨げるバリア(障害)を洗い出すのが目的で、市の職員が車いすに乗って町を見て回った。

伊豆市役所の渡邊さんによれば、丘陵地が多い市内各地の勾配をスマートフォンのアプリで計測することで、基本的な課題に対する認識を深めるのに役立ったという。

「ユニバーサルツーリズム」をテーマにした実態調査(写真提供:伊豆市)

加えて、伊豆市は、障害者の自転車競技で使われる用具を地元住民に体験してもらうイベントも多く催してきた。健常者と視覚障害者が前後に乗るトラック競技用の二人乗りのタンデム自転車や、ロードレース種目で使われるハンドサイクル(手こぎ自転車)などを市民が実際に体験する機会をつくったのだ。

伊豆ベロドロームで行われた、タンデム自転車を使用したパラサイクリング競技の様子(写真提供:伊豆市)

伊豆市はこのほか、障害を持つ人たちへの支援策として、修善寺駅に点字の情報パネルも設けている。この修善寺駅は、伊豆ベロドロームに向かう人を含めて現地を訪れる乗客の多くが下車する要になる場所だ。 

「イベント等を通じて、地域のみなさんに関心を深めてもらいたいのです」と伊豆市の渡邊さんは話す。「行政職員も住民のみなさんも、学んだことを家族や友人に伝えて地域全体に広めることによって、だれもが参加できる、よりインクルーシブで、より多様性に富んだ地域社会の実現を目指したいと考えています。」

ボッチャに挑戦する小学生たち(写真提供:伊豆市)

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